Index 「よろしく!センパイ」 Growing Up Girls !

○2004年01月05日 「よろしく!センパイ(中澤・飯田)」TV東京 24:50~


愛の種のPV

序章~プロローグ~

ナレーション:
現在総勢44名という大集団に成長したハロープロジェクト。
最年長でリーダーを務める中澤裕子から小学生まで、
様々なベクトルの先輩・後輩が存在する。

そんな彼女達の歴史は、ここから始まった。

名古屋球場の様子

ナレーション:
メジャーデビューをするために、
五日間で五万枚を手売りするという過酷な条件が課せられた。
しかし・・・

(11月30日午後2時30分 50,000枚完売達成。)

その無謀とも思われる課題を、彼女達はみごとにクリアー。
メジャーデビューへの切符を手に入れた。

「モーニングコーヒー」福田明日香。

ナレーション:
こうしてモーニング娘は、98年1月28日
「モーニングコーヒー」で待望のメジャーデビュー。
これがハロープロジェクトの歴史的な弟1歩となった。

当時のリーダー中澤は、その頃を、こう振り返る。


「デビュー当時「センパイ」が居なかった」
私の場合は、ま、特にモーニング娘の初期のメンバーの場合は、
誰も教えてくれる人いなかったし、
まぁスタッフさんとかマネージャーさんはもちろん居たけれども、
同じ立場ではないから、私達の気持ちは分かんないですね。

その中で今まだ現在こうやってお仕事を出来ているということは、
奇跡かもしれないんですよね。

でも、誰も教えてくれる人がいなかったとは言っても、
お手本になる人はいたので、
それはデビュー当時のマネージャーさんだったり、
つんくさんだったりするわけで。

う~ん、うらやましいですよね、キッズの子達とか、
最近、こぉ、入ってきたメンバーとかっていうのは、
分からなくても分からないって言えるし、
どうしたらいいんですかって聞けるし。
自分がどうなっているかっていうのは、
ひとつひとつのね、積み重ねだと思うんですよね。


「後輩に伝えたいコト」
教えてくれる人が沢山居るってことは、
注意されることも沢山あると思うんですね。
あの人はこう言っているのに、この人はああ言ってるとか。

あな・・、先輩は分かってても、私は分からない、
説明されても分からないとか。
いっぱいあると思うんですけど、
わかんないことは、分かりませんって言える気持ちを持っていれば、
特に私の場合、頼られると放っておけないので。
そう言う人の弱みに付け込むのも有りじゃないですか。

「「分からないコト」は、「分かりません」という気持ちを持つ勇気。」

飯田 圭織

ナレーション:
一方行動を共にしていたこの人は・・・

「デビュー当時「センパイ」が居なかった」
芸能界での先輩方とかに、会ったときに、
すごいビクビクしっちゃいますよね。
うん、だから、なんて言うんだろう、
今の下のメンバー、私達の下のメンバーというのは、
私達が教えてあげるわけじゃないですか。
挨拶しなさいとか、私達が挨拶したあとに挨拶したりとかっていう、
そういう、なんて言うんだろう、見ながら覚えられるじゃないですか。
礼儀とか、もちろん常識とか、というのは。

だから私達はそういうお手本がなかったので、
もうマネージャーさんにビシビシ怒られてー。
うん、参考にする、この人をお手本にするっていうのは、
芸能界の先輩達を見て、学んでたかな。


○2004年01月06日 「よろしく!センパイ(飯田・矢口)」TV東京 24:50~


「ラストキッス」PV。

それからおよそ10か月後、
モーニング娘で初のユニットとなるタンポポが誕生。
飯田は、石黒そして最初の追加メンバーで加入した矢口とともに、
再びデビューというものを味わう。

更に飯田は2001年4月、
当時モーニング娘リーダーだった中澤が卒業したあと、
その座を引き継ぎ2代目リーダーに就任。


「2代目リーダーになって」
責任感ももちろん有るし、
あたしがモーニング娘を支えていかなきゃいけないし。
っていうなんか、責任感ていうのももちろん、もっと大きくなったし。
うん、あとは、グループをまとめるリーダー、もちろんそうなんですけど、
個人としての飯田圭織っていうのも忘れちゃいけないじゃないですか。
だから、そういう、今までは自分がどう成長できるか、
まあグループのことも考えながらも、自分のこと中心に考えられたんだけど、
もう、それが出来なくなっちゃたから。
やっぱり、毎日の時間の使い方とか、考え方、とかを、
うん、すごく、こぉ、変わりましたね。

「後輩に伝えたいコト」
やっぱり入ってきたときは、
挨拶も知らない、歌も歌えない、ダンスもできない。
何もできない中で、私達が教えたあげて、私達の行動を見て、
みんな成長していく過程をすごい一番近くで見れるから。
そういう後輩達が成長していく姿を見てると
自分までうれしくなったりとか、しますね。
すごく、上の先輩がいることによって、
刺激を受けて、頑張ろうって思っている姿とかも、
すごく、こぉ、うれしいし。

頑張ることが、沢山のことを教えてくれると思うんですよ。
ひとつひとつの物事を頑張ってれば、それなりに身になるし、
失敗しちゃっても、頑張ってれば失敗しちゃった理由までわかると思うのね。
だけど頑張ってなかったら、その日一日が全部流れてって、
何の身にもならないし、失敗したことすら気付かないのね。
それは、もう成長ができないと思うんです。
だから、頑張ることが一番大事だと思います。
失敗しても、頑張ってれば絶対上手になると思います。

「頑張るコトがたくさんのコトを教えてくれる」

(市井、保田、矢口の自己紹介)

ナレーション:
98年5月、モーニング娘は最初の進化を遂げる。

その当時のこと、矢口は・・


『当時の先輩のコト』
先輩はとにかく、でもあの、初期メンバーの、
えー裕ちゃん、彩っぺ、明日香、かおり、なっちの5人の時に入ったんで、
あの、怖かったですね。
本当に、毎日おびえていました、3人で。

だから、今入ってくる新メンバーとかは、
結構こっち側が受入れ態勢が成っているので、
たぶん、すんなり入ってこれるんですけど。
一番の最初の追加メンバーだったんで、
とにかく向こうが、こう、ひとつ、こ、線を引いていると言うかですね。

あのーちょっと縄張り意識みたいのが有ったらしく、
結構、3対5で別れている時間が長かったんですけど。
まぁ、それも徐々に、こぉ、時間の経過で、なじんでいったんですけど。
とにかく最初は怖かったです。


○2004年01月07日 「よろしく!センパイ(矢口・後藤)」TV東京 24:50~



ナレーション:
98年5月、三人増員という形で進化したモーニング娘。

「矢口が最初にぶつかった壁とは・・・」
あぁ芸能界って、こんなに大変なんだって、まずそこでぶつかりましたね。
いろんなことが上手く行かなくって。
で、すごい得意だったんですよ、歌は。
小さい頃から好きだったし、
カラオケでもやっぱり、みんなに上手いね~と言われて、
自信をつけてったんですけどー。

この世界に入ってから、もう、緊張とかプレッシャーとか。
あと踊りながら歌わなきゃいけないとか、やっぱ初めてなことばっかりで。
すごい沢山のお客さんの前で歌わなきゃいけないっていう、
本当にそういうプレッシャーに負けて、
歌を歌えなくなった時期があったんですけど。
その時期が一番苦しかったですね。

ま、それも徐々に、こお、まぁ、なんか採ったテープを聞きなおして、
まぁそれをカラオケボックスで練習して、
まあ、なんか本当に時間と練習で、どんどん慣れていって、
今すごい楽しく歌を歌えることができるようになったんですけど。


ナレーション:
矢口はその後、モーニング娘では初めてとなるユニット「タンポポ」にも選抜され
活動の場を広げる。
(更に「ミニモニ。」「ZYX」にも触れる)


『後輩に伝えたいコト』
ダンスはねー、これは本当、練習ですね。
あとはやっぱり、鏡を絶対見ながら、自分の恰好いいポーズを、
やっぱり、身体になじませていくっていうか。
あの、何にも見ないと、それで覚えちゃうから、一番怖いんですけど。
あの、変なかたちで覚えちゃうと、ダンスも恰好悪く見えちゃうし。
だから、やっぱり鏡のある場所で、
もぉ一日、まぁ一時間だったり、二時間だったり練習して行くと、
やっぱ他の子とは、ねぇ、上手さもどんどん、
こぉ、レベルアップしてくって言うか、うん。
やっぱ、ずば抜けて行けるんじゃないかなーと思うんですけど。
やっぱ、自分の自主練が一番大切ですね。ダンスは。

お前は小っちゃいから、人の倍動けって言われたんですよ。
で、やっぱり、ライブとかも、
あの一番後ろのお客さんに見えるのは、本当にこんなだったり、こんなだったりするから、
自分がどこにいるか分かんなくなるぞって言われたんですよ。
で、ま、おいらもその時点ではすごい動いているつもりでいたんですけど、
やっぱり、カオリ、背の大きいカオリと一緒に同じ振りをしてると、
やっぱり、すごい小さく見えちゃうんですよ。

小さくても、やっぱり大きく動くと目立つぞって言う部分では、
皆んなにもやって欲しいかなって思うんですけど。

「小さかったら 大きく動け。」


ナレーション:
99年、モーニング娘は大きな転機を迎える。
2度目の増員。
やって来たのは後藤真希。

後藤は、当時を、こう振り返る。

『先輩との初対面』
なんだろーな、でも多分、私もオーディションで、
二人合格するって言われてて、まぁ一人だったから。
その時は、え!マジで一人で大丈夫なの?って思ったんですよ。
その輪の中に入って行くのに、
一人で入っていけるのかなーってのは思ってたんですけど。

そのとき一瞬、会うときは、ものすごく緊張して、
あぁ本当にやって来ちゃったよ、こん時がと思って。

あぁ大丈夫かな、これからってのは、有ったけど。
こー段々段々、逆に、ぁ、一人の方が良かったんじゃないかって思えたんですよね。
入った者のライバル同士で戦うんじゃなくて、
初めっからもう上のライバルを、なんつぅんだろう、回りに、なんかこぉ居るから、
こぉ、今までやって来れてる感じがするですよね。うん。


○2004年01月08日 「よろしく!センパイ(後藤・石川)」TV東京 24:50~



「モーニング娘。加入当時」
なんかこぉ、リーダーだった裕ちゃんだったり、
あとは、こぉ話すごいかけてくれるやぐっちゃんだったりとかが居て、
なんかこぉ、段々段々、回りとの、なんつぅんだろ、
会話というかコミュニケーションがとれてきて。

だからこぉ、教えるって言うよりも、初めは皆んな知ってることだっだりとか、
やるべきことは全部教えてもらうんですけど、
それ以外は、一緒に学んでってる感じがしていたので。
なんて言うか、教えられるっていうのは、そこまでは無かったんですよね。

「当時の先輩たち」
まぁ負けず嫌いってのもあるから、
なんか早く追い付かなきゃとか。
て言うより、早く飛び越えるぞみたいな、
そんな感じがあったんですよね。
だからこぉ、でも、それを、まぁそこまで行けたのも、
やっぱ、初めに皆んなが回りに居たからてこともあるし。

こぉ、撮影とかしてない楽屋の時とかは、結構、カオリと一緒にいて、
カオリもお弁当一緒に食べよって言ってきてくれたりして、
なんか本当、心細いっていう感じよりも全然、楽しんでる感覚っていうか。
みんなもすごい優しくしてくれたな、っていう感覚、ありましたね。


「5期メンバーたち」
高橋とかが入ってきた時は、結構やっぱり4人とかで入ってきてるし。
よっしー達もそうだったけど、
やっぱ、その入ってきた同士で固まっちゃたりとかもするじゃないですか。

だから初めのうちは、こぉ、こっちにも言えない事もあるだろうし、
手紙とかでこーやって、書いて、こぉアドバイスしたりとか。
自分を表現する上での、なんかこぉ、こういう風に言った方がいいんじゃないとか。
あと何でも話してきなねーとか。
そういろんな事を書いて、みんなで見てねっていって渡して。

紺野に渡したのかな。そう、多分。
みんなに見して、
そしたらみんなが、なんか、あとに、ありがとうございます手紙読みましたーとか言ってきてくれて、
あっそんな風にも言われるんだって思って。
なんかこぉ、すごい嬉しかったなーって思いました。


「後輩に伝えたいコト」
まぁでも、自分を研究して欲しいなって思いますね。

うん、なんかこぉ、人のを見て盗むのはすごい勉強になって、いいんですよ。
ダンスでも何にしろ。
だから女優さんだったら、色んなお芝居を沢山見たほうがいいとか、
そういう感じなんですけど。

でも、自分自身自覚してないと、
まぁそこも何んも始まんないと思うんで。
自分をちゃんと見つめて、自分を持って欲しいんですよね。
だからこぉ、あやふやにならないというか、
どっかさまよわないで欲しいなって。

目指す人をどんどん変えて、
なんかこぉ、上を目指してって欲しいっていうか。
うん、その枠内でおさまって欲しくない気がするんですよね。
そうしたら、結構やっぱ、グループなんだし、それぞれの個性も出てくると思うんです。

なんかこぉ、誰々と同じくなるとか、
誰々みたいに上手くなりたい、誰々に負けたくないって言ってんのも、やっぱ、いいんですけど、
それと同じことしてもつまんないんで、うん。

なんかこぉ、幅ひろげて、もっと夢みて欲しいなと思います。
なんか、いい方向に進む誰かがいてくれたら、
やっぱ回りも見方が段々変わってくるかなーって、思っているんですよね。うん。

「自分を研究する。目指す人を変えて常に上を目指せ。」


ナレーション:
2000年5月、
石川梨華、吉澤ひとみ、辻希美、加護亜依の4期メンバーが加入。
初めてのステージは、なんと日本武道館。


「当時の先輩たち」
先輩と言うよりも、別世界の人。
もちろん私は、全然、初めてのゼロからのスタートだったし。
もう、モーニング娘。というものが出来あがってたので、
そこに自分が加わって、果して先輩って呼んでいいのかなっていうのが。
もう先輩っていう次元じゃなかったんですよ。


○2004年01月09日 「よろしく!センパイ(石川・吉澤)」TV東京 24:50~


「ヨイショー!」

ナレーション:
2000年5月21日、
石川の言葉を借りると、別世界の人達との初舞台。
しかも場所は日本武道館。
そこには必死で踊る4人の姿があった。


「モーニング娘。に加入した当時」
まぁ、入ったときは、もう分からないことだらけで、うーん。
いっぱいいっぱいでしたねー。

あんまりなんか、すっごい明るい娘じゃなかったんで、
人見知りとかもしてたし。
でも、挨拶は本当にすごく大事なことだなって言うのは、
この世界に入って分かったんですけど。

その挨拶をするのに、まだちょっと、最初の頃は、照れとか恥ずかしくて、
ちゃんと「おはようございます」って、
面と向かって言うことができなかったんですけど。
挨拶だけは、しっかりしろって教えられてきたので、頑張ってたんですけど。
今なんかは、もう「チャーミーでーす」みたいな、
もう「オハヨーゴザイマース」みたいに言えるんですけど、昔は言えなくて。
声もなかなか出なくて、小さい声で「おはようございまーす」って言って。
なんか、一生懸命大きな声だそう、大きな声だそうって、努力してましたね。

「先輩から教わったこと」
一番、あの、身近っていうのか、教育係をしてくれてた保田さんで。
保田さんからは色々、
歌うことの大切さだったりとか、その、常識的なこととか。
色々、本当ーにね、ためになることを、沢山、
言葉だけじゃなくー、態度とかでも教えてもらいましたね。


ナレーション:
努力の甲斐あってか、少しずつ自分が出せるようになった石川。
「ザ☆ピース!」では、堂々とセンターを務めるまでに成長していた。


ナレーション:
日本武道館での初舞台から一月半、
石川は同じく4期メンバーの加護とともに
新生タンポポのメンバーに選ばれ、活動がスタート。


ナレーション:
更に翌年、
助っ人として参加し、カントリー娘。に石川梨華(モーニング娘。)が始動。
シャッフル企画などもあり、一気に活動が広がって行く。
彼女が、その成長過程で学んだことは・・・


「成長過程で学んだこと」
早く殻を破りたいとか、
早く、その、面白いっていうかキャラクターを見つけたいとか。
そういうの考えてる時期って、結局は出て来ないんですよね。うん。
だから、それをなんか、忘れたころに、
あ、そんなの考えてても、しょうがないんだって思った頃に、入ってくるん。
入ってきたんですよ。うん。

だからよく自分に言い聞かせてた言葉っていうのが、
一生懸命頑張れば、誰か見てくれてる、だから頑張ろうって。

人数が多かったり、その、自分のなんだろう、
出来なさとかに、ずっとネガティブに落ち込んでた頃に、
その言葉を教えて貰ったんですよ。
ポジティブになるっていう言葉を。

一生懸命頑張れば、いいじゃんって、思うようになったら、
そういうチャンスが来たりとか、
メンバーの皆んなにいじってもらえるようになったりとか。うん。
だから、今があるのかなーって。

「後輩に伝えたいこと」
うーん、そうだな私も、常に思って頑張ってきたことは、
何事にも一生懸命、あきらめずに、頑張っていけば、
絶対いいことがあるぞ、と。はい、教えたいです。

「一生懸命頑張れば、誰か見てくれている。」


ナレーション:
そんな石川と時を同じくして加入した、この人は・・・

「モーニング娘。に入った当時」
なんかこぉ、入った時の先輩は、なんか、ちょっと教えてくれるけどー、
後はもう自分の力で、どんどんやって行かなきゃいけない。
っていうので、やっぱこうぅ、アドバイスをくれるっていう存在かなぁ。

色んなところに、こぉ神経がいかなくちゃいけなくて。
そんなのも全然分からなくて。